トップコミットメント

トップコミットメント

待ったなしの気候危機対策

2018年の「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)1.5℃特別報告書」から5年が経過、この3月、IPCC第6次評価報告書が発行されました。各国の政策や環境規制は進展したものの、現状の対策では早々に世界の平均気温は産業革命前と比べ1.5℃を超えてしまう可能性が高く、パリ協定の目標達成には2030年までに世界の温室効果ガス(GHG)排出量を2019年比43%、2035年までに60%削減する必要があると改めて指摘しています。
新型コロナウイルス感染症拡大に起因するサプライチェーンの混乱は企業経営に暗い影を落とし、ロシアによるウクライナ侵攻を契機としたエネルギー価格高騰、食糧セキュリティ問題、さらには2008年以来の規模となる米金融機関破綻など、事業環境はますます不透明な状況です。しかしながら先のIPCC 報告書は、今後10年でどのような取り組みがなされるかで人類や地球に数千年におよぶ不可逆的な影響を与えるだろうと警告。不確実で困難な状況下であっても、すべてのアクターがこれまで以上に大胆で迅速な対応を求められています。

私たちが直面している気候危機、生物多様性の損失、不平等の拡大など世界的規模の課題やDX・AIなど技術進展、消費者嗜好の変化などを踏まえ、昨年2月、住友林業グループは長期ビジョン「Mission TREEING 2030」を発表しました。「森と木の価値を最大限に活かした脱炭素化とサーキュラー・バイオエコノミ-の確立」を事業方針の一つに掲げ、当社のバリューチェーン「ウッドサイクル」を通して、自社のみならず社会全体の脱炭素に貢献することを目指しています。具体的には森林:循環型森林ビジネスの加速、木材:ウッドチェンジの推進、建築:脱炭素設計のスタンダード化の推進で、社内外に広く発信しています。昨年が一年目となった「中期経営計画2024サステナビリティ編」の個別目標と進捗は「サステナビリティレポート 2023」をご覧いただきたいと思いますが、気候危機への取り組みとしてグループ横断の視点からTCFDシナリオ分析を実施したほか、温室効果ガス排出を2030年までに2017年度比54.6%削減するSBT目標を含め概ね計画通りに推移しています。

Scope3の削減に向けた取り組みを加速

住友林業株式会社 代表取締役 社長 光吉 敏郎 持続可能な未来の実現に向け、世界が取り組むべき課題や非財務情報を定量化・目標化するためのガイダンスが次々に提案されています。その基盤となるのが、企業がGHG排出量を報告する際のデファクトスタンダードであるGHGプロトコルです。自社事業 (Scope1)と購入電力(Scope2)による排出量に加え、2011年にバリューチェーンを含めたScope3排出量の報告が追加され、開示企業数は年々増えています。
当社グループはGHG排出量の96%をScope3が占め、そのうちカテゴリー11「販売した製品の使用」、すなわち住宅の居住時に使用する冷暖房・照明などによる排出量が6割を超えます。削減のカギはZEH(ネット・ゼロエネルギー・ハウス)の普及で、国内においては2024年末に販売シェア80%の目標に対し足元では単月で達成するまでになり、ZEHの先にあるLCCM(ライフサイクルカーボンマイナス)住宅の販売も開始、モデルハウスもオープンしています。海外では豪州のHenley Properties Groupが昨年8月、大手ビルダーで初めてすべての戸建注文住宅に太陽光パネルを搭載することを発表、さらにオール電化を標準仕様とし消費電力最大75%節約が可能になっています。年間販売棟数が1万棟を超えた米国でも、89%の新築でエネルギー税控除資格(2006年基準比50%以上冷暖房エネルギー消費が少ない住宅)を取得。Scope3削減に注目が集まる中、主力事業である木造戸建住宅の建築・販売において着実に対応を進めました。

住友林業株式会社 代表取締役 社長 光吉 敏郎

中大規模木造建築の推進で脱炭素化を

しかしながら、建築資材の原材料調達から加工、輸送、改修、廃棄時のGHG排出である「エンボディド・カーボン」にもっと注目する必要があります。世界のGHG排出量における建設セクターの割合は約4割を占めており、新興国を中心に住宅需要の拡大が予測される中、社会全体の脱炭素化のカギとなるのがこのエンボディド・カーボンの削減です。取り組みの第一歩として、当社は昨年8月、GHG排出量を可視化するソフトウェア「One Click LCA」の日本版を販売開始。デベロッパーやゼネコン、設計事務所など幅広い皆さまからご契約いただき、今年の2月からは算定受託事業も開始しています。同時に建築資材の環境負荷を示す環境認証ラベル(EPD)の取得・普及を推進しており、建築業界全体での脱炭素設計をサポートしています。
木造建築は、資材の製造・加工や輸送等で多くのエネルギーを必要とする他の工法と比べ、エンボディド・カーボンが相対的に少なく、代替により排出を回避できる「削減貢献」があります。さらに、木は生長する過程で光合成により二酸化炭素を吸収し、伐採された後も炭素として固定しているので、木造建築を推進することは社会の脱炭素化に貢献します。

住友林業は、2010年から非住宅の分野でも木造・木質化の取り組みを進めてきました。熊谷組との業務資本提携、コーナン建設のグループ会社化やオリジナル耐火部材「木ぐるみCT」の開発などを通じて中大規模木造建築の建築・開発に注力しています。昨年5月には木造3階建ての上智大学四谷キャンパス15号館が竣工し、社会人教育と地域交流の場として利用開始されています。海外では今年9月に豪州メルボルンで居住時のCO2排出量を実質ゼロとする地上15階建て木造ネットゼロカーボンビルが竣工する予定で、米国、英国でもプロジェクトが進行中。今後も国内外で中大規模木造建築を推進していきます。
また国産材の自給率向上・利活用拡大に向け、鹿児島県志布志市を皮切りに設立を目指している木材コンビナートも中大規模木造建築の拡大・普及に大きく寄与できると考えています。

森林による炭素除去の価値を正しく見える化

これまで企業が報告するのは化石燃料燃焼に由来するGHG排出量のみで、農林業などの土地利用管理や土地利用転換に伴う生物由来のGHG排出・除去量は含まれていませんでした。こうした分野からの排出は全体の1/4を占め、企業の報告に含まれていないことが懸案になっていました。何より、世界が気温上昇を1.5℃以内に抑えるためには、森林によるCO2吸収・炭素除去や、技術イノベーションによる炭素除去が必須であるにも関わらず、「見える化」・目標化し報告する共通ツールがなかったのです。そこで企業による取り組みを可視化するため、現在、算定対象に加えるべくGHGプロトコルの改訂が議論されています。
住友林業は、森林や土壌でのCO2吸収量や炭素固定量を正確に測定し質の高い炭素クレジットを創出、設立する森林ファンドを通じて広く社会に提供する計画です。「見える化」に向けては、自治体や大学との共同実証や学術誌への発表など多くのステークホルダーと協力しており、また報告ガイダンスづくりにも貢献すべくGHGプロトコル改訂案のパイロット・テストに参加しました。今年2月にIHIと合弁で設立したNeXT FOREST社を通じたコンサルティングサービスでは水位管理手法など熱帯泥炭地の適切な管理普及を推進していますが、推進には「見える化」の共通ルールが大前提になることはいうまでもありません。

ネイチャーポジティブな世界と人権取り組みの両立を目指す

昨年カナダ・モントリオールで開催されたCOP15では生物多様性の損失に歯止めをかけプラスに転じさせる「ネイチャーポジティブ」の考え方が示されました。同様に注目されたNbS(Nature based Solutions:自然に根差した解決策)は、気候危機への取り組みとして生物多様性や水循環など自然資本の価値に配慮した持続可能な森林管理と森林資源の利活用を通じて、建築の脱炭素設計を進める住友林業のウッドサイクルの考え方に合致しており、意を強くしています。森林セクター全体の観点からは、参画するWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)を通じてロードマップを策定、公表しました。
気候危機と生物多様性の損失には正の相関があります。同時に、その影響は森林や自然から直接恩恵を受けている先住民族や立場の弱い人々に最も大きく作用します。「木」を軸に事業を行う住友林業はこの4月、2019年制定の人権方針を改訂増強し、バリューチェーン上のビジネスパートナーにも人権尊重取り組みを求めるとともに、必要に応じて協力・支援を提供すること、また救済の窓口を設けることなども明記しました。
住友林業は1691年の創業以来、「自利利他公私一如」の考え方で自社のみならず社会全体への価値提供を目指してきました。ESG取り組みや情報開示については戦略的投資と捉え、サステナビリティ・リンク・ローンやESG配慮型ファンドの組成を通じた資金調達も駆使しながら取り組んでいます。社員一丸となり、国内外多くのビジネスパートナー、ステークホルダーとともに、持続可能で豊かな社会づくりに貢献していきます。