Kさまは茶の湯の世界に親しみ、時に講談師として舞台に上がります。奥さまは、世界を旅して古今東西の文化に触れ、美の世界に遊びます。お二人が積み上げられてきた深い世界と洗練された美意識――対話の中でそれを学び、そこから私なりに空間を構成していくことが必要でした。
お客さまに向かい合い、お客さまに学ぶことが設計のスタートです。しかし、ご夫婦の間で、好みやご要望が異なることは少なくありません。会話を積み重ね、その共通項を見いだしていきます。
茶室は一般には北側に配置されることが多いのですが、居室として使うことも考慮して南に配置しました。細部のデザインや納まりは「不審庵」をお手本にしながらも、現代風のアレンジを加えています。
水屋のしつらいは、細部の決まりを改めて学びながら機能的に作りました。
茶庭は、茶室へ向かう精神的な導入部として、とても重要です。南側は道路があり、そのままでは茶庭が道路に続いてしまうので、周囲を高い格子の塀で囲いました。
にじり口も本格的にデザインしました。しかし、茶室は生活空間につながっており、防犯等の配慮が必要です。そこで、にじり口の板戸の外にサッシを設けました。
光は住まいの重要な要素です。都市部の建築で、近隣の状況から大きな窓を設けることができない場合は、上からトップライトで採光、その光をガラスを通して室内に回します。
窓は通り側を避け、2カ所にトップライトを設けて上から光を採りました。ダイニングは1階中央にあり暗くなりがちですが、真上のトップライトから光が降り注ぎます。
通りから室内の生活の様子を見せないようにしたいというご要望におこたえしながら、上からの採光で、明るいリビング・ダイニングを実現しました。
トップライトから採った光を、大きなガラスの仕切りを通して玄関ホールに導きました。上からの柔らかな光が、まるで美術館のように絵をやさしく浮かび上がらせます。
リビングの上には「光の通り道」を設け、2階のバルコニーに落ちる光を1階にも導くようにしています。ソファに腰を下ろすと、真上から柔らかい光がたっぷりと注ぎます。
新たに誕生する建物は街並みを構成します。たとえ窓は大きく開けられなくても、建物の形や外構の工夫で、外に閉じながらも街とつながる工夫は常に必要だと思っています。
近隣や往来からリビングの内部が見えるのを防ぐため、植栽による「カーテン」と深い軒で視線を遮りました。テラスを白いタイル張りにすることで反射光を室内に導きました。
リビングは玄関よりもさらに奥に配置して、通りからの視線が届きにくいようにしています。それによって生まれた広い軒下空間は、さまざまな用途に使えます。
周囲から住まいの中が見えないようにしたいというご要望から軒を深く出しました。プライバシーを守りながらも、街とのつながりを意識した外構デザインにしています。
1階の中央に位置するダイニングも、上からの採光を有効に使い、また、光を通すガラス素材も積極的に使って明るい空間としています。
階段の上にもトップライトを設け、上から1階へと光を導いています。白い壁が光を反射して、空間を明るく照らします。
茶室の外に設けた茶庭。通りからの視線を遮るために格子のスクリーンを設けました。光と風はたっぷりと取り込むことができます。
外に閉じながらも、ガレージの周辺は街に開いたスペースを設け、街並みとの調和を図りました。たとえ一軒であっても、住まいは街の風景となり、次代に引き継がれます。
Kさまは自ら茶杓をお作りになるほど深く茶道に親しまれ、またお持ちの茶碗も由緒あるものばかりです。納まりの一つ一つに、美しい仕上がりが求められていました。
曲線を用いた給仕口の太鼓襖(たいこぶすま)や躙(にじ)り口の寸法や細部の意匠、壁の腰張の色や幅、さらに落ち天井(おちてんじょう)の細部の意匠など、Kさまと打ち合わせを重ねて一つひとつ決定していきました。