陶磁器でよく知られた町で焼物工場を営み、心のこもった製品をつくり続けてきたKさまご夫婦。お二人の要望は、働きづめで過ごしてきたご自分たちへの「ご褒美」となる、美しくやすらぎに満ちた住まいでした。
ご要望に沿って設計案を考えながら、同時に私はお客さまの、まだ言葉にならない想いをも取り入れた設計案を考えていきます。「お客さまの考えるベスト」と「私の考えるベスト」――2つがあれば、それをつなぐ線が生まれ、線上のさまざまな選択も可能になります。
道路から奥の玄関へと進むアプローチは「私のベスト」としてご提案したものです。「生活感の無い、佇まいの美しい家」というお客さまのご要望への一つの答えでした。
中庭に連続させてご主人のリラックスルームを設けました。道路から玄関へと続く土間から、直接入ることもできます。必ず気に入っていただけると考え、ご提案しました。
私はできるだけスケッチを描きます。打ち合わせの時も、その場でメモのようにして描きます。スケッチを前にすれば、お客さまも空間のイメージがつかみやすく、打ち合わせの精度が高まります。それが納得いただける設計を生みます。
打ち合わせの転機となったのがこのスケッチです。中央にウッドデッキを配置したもので、その後の設計の基本となりました。お客さまの想いと私の想いがこのスケッチで一つになりました。
中庭は大きなウッドデッキとし、それを挟んでリラックスルームとダイニング・キッチンを設けました。スケッチで表現したとおりの空間構成を、現実のものにしていきました。
ウッドデッキは建物の外側に延長して、写真右手に位置する焼物工場につなげています。仕事の合間に休憩される時は、このウッドデッキがリラックスルームへの通路になります。
一枚の設計図に細部の仕上げや納まりまで、すべて盛り込むことはできません。私がお客さまと一緒につくりあげたイメージは、図面以外の方法で現場担当者に伝えることが必要です。図面を描き上げることは設計のゴールではなく、私の仕事はさらに続きます。
アプローチは、粗く積んだ砕石の上に薄いコンクリートの床を差し出して、モダンな和の雰囲気に仕上げました。精度の高い現場作業がデザインを支えています。
ダイニング・キッチンの床は、大判の白いタイル張りです。割り付けや目地の色、納まりなど、現場での細かいやりとりを重ねて仕上げました。
旧街道に面する建物の正面は、格子と白い壁だけで仕上げました。目立つ面になるだけに、格子の幅やその取り付け・塗装、白壁の仕上がりなどに細心の注意を払いました。
奥さまお気に入りのビビッドグリーンのキッチンにテーブルをつなげたダイニング・キッチンです。白い大判のタイル床やテーブル幅に合わせて天井に張った木の直線を強調し、すっきりとした印象に仕上げました。
道路側に配置された和室。道路からの視線を遮る目的で設けた格子が、和室に美しい影をつくります。縦格子に合わせ、障子も桟を縦に連続させる「縦(たて)繁(しげ)障子(しょうじ)」とし、その幅もそろえました。
あえて高さを30cmに抑えたミラーは、横のラインが強調され、空間全体をすっきり見せる役割を果たしています。カウンターの引き出しも斜めにカットして正面から見た時の幅を薄く見せるなど、細部までこだわりを貫いたデザインです。
旧街道に面した入り口は、トンネルのように人を奥に導きます。手前にはご主人のリラックスルームへの入り口があります。あえて壁の面から外側に出っ張らせた引き戸にすることで、アプローチのアクセントとしました。
玄関の正面には、大きなガラス越しに坪庭が広がります。ゆったりとした広さを確保した玄関には、二種類の箱を組み合わせたような形の収納を設けました。靴箱は上に浮かせて、軽快な印象をつくっています。
お客さまも使われる和室と、ダイニングや2階へのプライベートゾーンをつなぐ廊下。床はバーチの無垢床で仕上げています。
玄関土間を和室側にも伸ばし、そこから直接和室に上がることができるようにしました。法事や会合など、人が大勢集まる時に便利に使っていただけると思います。
リラックスルームの障子を閉めると、個室としても使用でき落ち着いた雰囲気を味わえます。障子は、枡(ます)組障子。凛とした雰囲気をつくります。
歴史のある旧街道に臨むことから、建物は道路から離し、さらに道路寄りの建物は平屋として、町並みに似合うものとしました。道路側にはドアや窓を見せず、格子と白壁だけで構成しています。