お仕事で多忙な毎日を送られているIさま。住まいに求められていたのは“休息”でした。庭を眺めながらのんびり過ごされるのがお好きで「京都龍安寺の石庭もいいね」とお話しされていたのをヒントに、暮らしの中でいつも庭が楽しめる住まいを考えていきました。
同じ敷地はひとつもありません。その広さや形だけでなく、道路の接し方、隣家の位置や大きさも千差万別です。日の当たり方、風の吹き方も異なります。敷地にどういう特徴があり、いちばん居心地のよい場所はどこか、その見極めが設計の第一歩です。
敷地は二本の道路に接していました。西側の道路は高台にあり、敷地を見下ろします。もう一本は北側の広い道路です。こちら側に駐車スペースと玄関を設けることにしました。いずれの道路側にも大きな窓は設けず、壁や塀で視線を遮りました。
道路側の窓を最小限に抑えながら、反対の庭側には大きな窓を連続させ、室内から庭の眺めが楽しめるようにしました。建物に沿ってウッドデッキを設けているので、ここに腰を下ろせば風を感じながら心地よい時間を過ごしていただけます。
敷地の南側には2階建てのアパートが建っているため、こちら側に窓を設けてもカーテンを閉じたままになることが考えられます。あえて窓は設けず、壁だけにしてテレビを置き、落ち着いた空間をつくりました。光は東側の連続した窓からたっぷりと採り入れています。
設計にあたっては、ご要望をしっかり理解することが必要です。しかしそれは「リビングは何帖にしますか」と伺うことではありません。お客さまの心の奥にある暮らしへの思いを受け止め、それを設計者として形にすることが大切だと思っています。
Iさまは大変お忙しくされているため、住まいではゆっくり休息できることを望まれていました。庭を眺めることもお好きです。そこで和室を別棟にし、周囲に多彩な庭の眺めが広がる落ち着いた空間としました。
和室には雪見障子を使い、座った位置から、また横になっても大きく広がる庭の眺めを楽しんでいただけるようにしました。坪庭越しに、キッチンやダイニングで過ごすご家族の様子が目に入るのも、疲れを癒やすことにつながるのではないかと思います。
別棟とした和室はLDKとは廊下でつなげず、ウッドデッキを通してつなげました。和室への行き来の時間も、庭を感じていただけます。和室にお客さまをお通しした折に、この“外廊下”を通ってお茶をお出しするのも風情があると思います。
住まいは建物だけでは成り立ちません。そこに照明が施され、家具が配置されてインテリアが整い、庭がつくられ外構が設けられて初めて完成します。設計担当者は建物だけを設計するのではなく、その全体をコントロールする役割を持っていると思っています。
建物のデザインに合わせて植栽のおおよその配置やボリューム、塀の位置や高さなどを決め、玄関へのアプローチのイメージをつくって、外構担当者と打ち合わせを重ねました。特別な装飾は施さずに、建物の線を整えることでシンプルにまとめました。
玄関の横に枯山水の庭を設けました。和室だけでなく、玄関ホールの地窓からもこの庭の眺めが楽しめます。どのくらいの大きさの地窓をどの位置に設けるか、庭のデザインと一体に考えていきました。
庭を楽しんでいただくため、インテリアは色を控え、間接照明を使ってシンプルに仕上げました。また、天井に木を貼って軒につなげ、木製格子とともにナチュラルでぬくもりのある雰囲気をつくっています。
シンプルで安定感のある外観デザインは、植栽や門塀、フェンスなどを受け持つ外構担当者とともにつくりあげました。木々の高さや大きさ、枝振りまで含めて、全体をバランスよくまとめることができました。
玄関は駐車スペースを確保した道路側に設けましたが、出入りの様子が直接道路から見えないように高い壁を立てました。この幅や高さについても、外観デザインとのバランスを考慮しました。
玄関ホールに立つと、左に枯山水の庭に臨む地窓、正面に和室に進む飛び石の“路地”、そしてその横に坪庭を眺めることができます。「帰宅して玄関に入るとまず庭が目に入り、とても気持ちがよい」とご主人も満足されています。
別棟となった和室には、玄関から飛び石伝いに坪庭を眺めながら進むことができます。夜は正面のスタンドの明かりがぼんやりと飛び石を照らし、昼とは違った表情を見せます。
ダイニング・キッチンの先にリビングが続きます。木製の格子を設け、それぞれの空間に独立性を持たせました。正面が南側ですが、アパートが建っているためあえて窓を設けず、大きな窓は東側に連続して取っています。
ご主人の「書斎」であり、くつろぎの場でもある和室。別棟になっており、床の間のある壁以外はすべて大きな窓を設け、主庭と坪庭のほか、枯山水も眺めることができます。
LDKから和室に進む廊下の役割を果たすウッドデッキ。「濡れ縁」のように、ここに腰掛けて庭を楽しむこともできます。