設計の仕事は、お客さまを知って初めてできる行為です。全霊をもってお客さまに向かい、お客さまに学ぶ気持ちをもって対話を重ねます。同時に、設計担当者として共感と信頼をいただかなければなりません。私が発する言葉や、私が持っている知識など、一つひとつが、その試金石になるという気持ちでお客さまと向き合います。
Kさまは茶の湯の世界に親しみ、時に講談師として舞台に上がります。奥さまは、世界を旅して古今東西の文化に触れ、美の世界に遊びます。お二人が積み上げられてきた深い世界と洗練された美意識――対話の中でそれを学び、そこから私なりに空間を構成していくことが必要でした。
お客さまに向かい合い、お客さまに学ぶことが設計のスタートです。しかし、ご夫婦の間で、好みやご要望が異なることは少なくありません。会話を積み重ね、その共通項を見いだしていきます。
光は住まいの重要な要素です。都市部の建築で、近隣の状況から大きな窓を設けることができない場合は、上からトップライトで採光、その光をガラスを通して室内に回します。
新たに誕生する建物は街並みを構成します。たとえ窓は大きく開けられなくても、建物の形や外構の工夫で、外に閉じながらも街とつながる工夫は常に必要だと思っています。
私はご夫妻から多くのことを学びました。学ぶことなしに設計はできませんでした。お客さまの考えを受け止め、学び、自分にできることは何かと考える。そして、まごころを持って線を引く。それがよい設計を導く条件だと思います。お引き渡しの時に、空から落ちてくる光がダイニングを満たしている光景を見たとき、苦労はすべて報われました。この光がご家族をいつまでも包み続けることを願っています。