「こういう感じ、いいよね?」――そうおっしゃって写真を見せてくださるお客さまがいらっしゃいます。しかし、もし私が写真そのままの住まいを設計したら、お客さまはがっかりされるでしょう。私に求められているのは、お客さま自身もまだ言葉にできない理想の空間や暮らしを見つけ出し、つくりあげることです。「どんな住まいが求められているのか?」――答えはお客さまの数だけあります。密度の濃い打ち合わせの中から、その形を浮かび上がらせたいと思っています。
陶磁器でよく知られた町で焼物工場を営み、心のこもった製品をつくり続けてきたKさまご夫婦。お二人の要望は、働きづめで過ごしてきたご自分たちへの「ご褒美」となる、美しくやすらぎに満ちた住まいでした。
ご要望に沿って設計案を考えながら、同時に私はお客さまの、まだ言葉にならない想いをも取り入れた設計案を考えていきます。「お客さまの考えるベスト」と「私の考えるベスト」――2つがあれば、それをつなぐ線が生まれ、線上のさまざまな選択も可能になります。
私はできるだけスケッチを描きます。打ち合わせの時も、その場でメモのようにして描きます。スケッチを前にすれば、お客さまも空間のイメージがつかみやすく、打ち合わせの精度が高まります。それが納得いただける設計を生みます。
一枚の設計図に細部の仕上げや納まりまで、すべて盛り込むことはできません。私がお客さまと一緒につくりあげたイメージは、図面以外の方法で現場担当者に伝えることが必要です。図面を描き上げることは設計のゴールではなく、私の仕事はさらに続きます。
お打ち合わせを振り返ってみると、間取りや部屋の大きさなどについて、細かくお話しをしたという記憶がありません。ある時ご夫婦の前で描いたラフスケッチが「よし、これで!」というスタートになり、その後の設計の詳細は、お任せいただきました。それまで、旅先から「今いる部屋の雰囲気がいい」とご連絡をくださったり、お打ち合わせの時間に焼き物のことを教えていただいたり、いろいろなお話しをする機会がありました。その時間の積み重ねが、わずか一枚のスケッチで新しい住まいについて気持ちを一つにすることができた下地だったのだと思います。いつもとは少し異なるお打ち合わせでしたが、私はKさまご夫婦との出会いを、大変幸せに感じています。