プロジェクト発足
国内住宅事業の拡大を進める住友林業。さらなる事業拡大を目指し海外へ進出を目指す。2001年、調査分析を行うべくクロスファンクションチームが発足、米国進出への道を拓く。2002年に、シアトルの地元企業Bennett Homes Inc. (以下、Bennett社)と合弁会社を設立、その後2006年には年間100棟ペースで分譲住宅の販売に乗り出した。
全米住宅市場
M&Aプロジェクト
当社がアメリカ市場への進出を検討し始めたのは2001年、近い将来、国内の人口は減少に転じると予想されており、それに伴い日本の住宅市場縮小が大きな懸念材料となっていました。海外市場の開拓を検討する中で、真っ先に目をつけたのが米国市場です。世界最大の木造住宅市場への進出可能性を検討すべく、社内でクロスファンクションチームが発足することになりました。2001年、その一員に選ばれ、本プロジェクトに参加しました。
市場調査の結果見えてきたのは、米国進出は当社にとって非常に魅力的な選択肢だということでした。大きな市場規模を誇るだけでなく、人口増加に伴い持続的な経済成長や雇用の拡大、また、それらを背景にした住宅需要の増加が見込まれていました。2002年6月、シアトルへ赴任することになりました。当時27歳、会社をゼロから立ち上げることに未知の業務もあり、不安もありましたが、自ら収集した米国市場データからこの市場には高いポテンシャルを感じており、何とか形にしなければという想いでした。
不慣れな土地、扱ったことのない住宅事業で、現地にて協力いただける企業を探し、会社をゼロから立ち上げることは困難の連続でしたが、私も事業も少しずつ着実に成長していることを実感していました。そんな中、2008年にリーマンショックが起こりました。市場環境が激変し、築き上げたものが揺らいでいくことに危機感を覚えました。米国での事業を存続するためには、非常に苦しい決断ではありましたが、自ら立ち上げた事業を再構築しなければなりませんでした。その過程で、米国における住宅事業がどのようなアセットで成り立っており、それぞれの収支や市場価値がどれほどなのかなど、細かな部分まで深く理解しました。また、現地で住宅販売をする方や建築する方の仕事に直接触れ、現場の肌感覚を深く知ることができたのも、この時です。これらの経験が、米国でM&Aする際の私の原動力となり、信頼関係の構築を何よりも大切にするようになりました。その会社の歴史や理念を受け継ぎ、そこで働く人と想いを共有することで初めて、同じベクトルで事業を推進していくことができるのだと、この経験から学んだのです。
米国におけるM&Aでは、買収価格を示した上で、プレゼンテーションを受けセカンドオファーを出す、といったセオリーがあります。しかし、当社の場合は条件から交渉を始めることはしません。「まずオーナーに会いたい」と伝えるのです。もちろん諸条件も大事ですが、一番は人。人として信頼し合い、手を携えてこそ事業は成り立ちます。この考え方は買収後の経営方針にも反映されます。買収先を支配下に置くようなことはせず、人も事業もブランドも従来のまま存続してもらい、経営の手綱も握ってもらうのが当社のやり方です。よく車の運転に例えるのですが、あくまで運転席に座るのは現地の経営陣。私たちは助手席に座って、地図を見ながらナビゲーションすることで共に目的地を目指してドライブするのです。お互いをリスペクトでき、信頼関係があるからこそ、成長し続けることができます。私としては特筆すべきことでもない、至極当たり前のことだと思っていますが、その当たり前を大切にし続けています。
互いの深い理解に基づく信頼関係を前提としたM&Aを成立させるためには、相手の人柄を見極めるだけでなく、私たちも信頼を勝ち得る必要があります。その際、先輩方が紡いできてくださった住友林業としての長い歴史と住友精神に裏付けされた経営理念は大きな意味を持っていると感じます。私たち自身、長期的な視点を持って経営してきたからこそ、330年以上もの歴史を持ち、今に至るまで存続しています。だからこそM&Aにおいても1~2年の短期間で会社評価は行わず、5年、10年、20年と長期的な目線を持ちながら密なパートナーシップを組むことで共に成長していきたいことを伝えます。私たちの考え方に、現地のオーナーから深い共感が得られると、その先のプロセスはスムーズに進むことが多いです。
また、「Mission TREEING 2030」という形で、脱炭素社会の実現に向けたビジョンを会社として明確に示しており、実現に向けた行動を起こしていることも、共感と信頼の獲得につながっています。さらに、買収交渉の際には、これら住友林業の理念や想いに共感して傘下に加わってくれているパートナー企業の経営陣を紹介し、彼らに自由に連絡してもらって構わないと伝えています。私に聞きづらいことがあれば彼らに聞き、良し悪しもすべて理解し納得した上で判断してほしいためです。このようなフラットな関係構築が、パートナーとしての基盤をつくり上げているのです。そして、共に事業を推進する上では、私たちも相手を深く理解することは必要不可欠です。顔の見えない「彼ら(They)がこうしたい」ではなく、「私(I)はこうしたい」と、発言の主語が私(I)になるレベルまで深く入り込み、その姿勢を示すことで信頼関係をより強固なものとして、共に成長していけるのだと信じています。
今後の展望としては、アメリカだけではなく全世界に対して住友林業の想いと、それが深く根付いた事業を広げていきたいと考えています。まずは、米国市場での立ち位置をさらに強固なものとするために、2030年までに米国での戸建住宅供給戸数23,000戸という明確な目標数値を掲げています。この達成により、世界の中心的市場である米国における住友林業のプレゼンスを高め、グローバルレベルで「Mission TREEING 2030」の実現に貢献していきます。
そして、米国を起点として住友林業が世界に展開していくために、人財育成は欠かせません。若い世代の駐在員も増やし、早くから常にチャレンジできる環境を用意しています。自身が買収先の共同経営者となり、会社の方針を深く理解し、信頼を築くことで、理念を体現すると共に事業の広がりを実感し、住友林業の社員としても成長していけるのです。まだ道半ばではありますが、米国で経験を積んだ社員がロンドン拠点の社長に就任するなど、事業と共に住友林業の理念が着実に広がりはじめているところです。さらに横展開を進め、そこで育った社員がまた他の国や地域で活躍する。そんな「WOOD CYCLE」ならぬ「CAREER CYCLE」が、ここアメリカを起点に回っていく。そんな未来に向けて、これからも歩みを止めず推進していきます。