京都伏見、醍醐寺。世界遺産として知られるその広大な境内に一本の桜の木があります。四百年の昔、豊臣秀吉が近隣諸国からおよそ七百本もの桜を集めて『醍醐の花見』を催した、その時の子孫といわれるしだれ桜です。樹高十一メートル、樹齢約百五十年。満開になると淡い花が滝のようにしだれ咲く優美な姿は、長い間多くの人に愛されてきましたが、近年、ずいぶん衰えを見せるようになっていました。「歴史的にも大切な資産であるこのしだれ桜を、なんとかして後世に伝えたい。」醍醐寺から住友林業緑化にそんな相談があったのは一九九七年のことでした。
日本の歴史をずっと見守ってきた秀吉の桜。傷んだ部分の治療や全面的な土壌改良によって桜本体の樹勢を回復させる。と同時にその記憶と美しさを受け継ぐ若い後継樹を育てなければならない。そこで住友林業・筑波研究所では、最新のバイオテクノロジーを用いてしだれ桜のクローン作りに取り組むことにしたのです。組織培養という手法で、桜の芽の先端にある、ほんの数ミリの組織だけを切り出し、特殊な培養液が入った試験管の中でふやす。言葉にすると簡単ですが、しだれ桜は気難しく、少しでも培養液の成分が気に入らないと、すぐに枯れてしまう。少しずつ培養液の成分を変え、試行錯誤を繰り返し、やっと成功したのが九九年暮れのこと。組織培養によるしだれ桜クローン化の、世界で初めての事例となりました。現在、クローンで生まれた最初の苗は、高さ百六十センチ。花をつけはじめるのに二年、そして母樹のように見事に咲くまでにあと二十年はかかります。このプロジェクトの本当の意味での成功は、まだずっと先のことですが。いつか秀吉の桜で、秀吉が愛でたように醍醐の山を再び満開にする日を夢見て。私たちの仕事は未来へ続きます。
醍醐寺三宝院、大玄関前のしだれ桜。エドヒガン系のしだれ性変種で「糸桜」と呼ばれる。土壌改良等により樹勢が回復し、見事な花を咲かせた。2000年4月12日撮影。
|