その担い手たちの横顔 Designers File

Designers File トップへ戻る

香月 章宏 建築士

明快な設計趣旨に導かれて

お客さまは多くのご要望をお持ちです。しかし、ただご要望への答えを網羅してもお客さまが本当に期待する住まいになるとは限りません。すべてを平均して満たすことが、最優先すべきものを弱めてしまうこともあるからです。私はまず、新たな住まいが何を目指すのか、明快な設計趣旨をお客さまとの間で共有します。そこから出発し、常にそこに立ち戻りながら設計を進めることがご満足いただける“力のあるプラン”につながると考えています。

Work style

  • 最も大切にすべき軸を定める
  • 内観-外観-構造を一致させる
  • 窓のデザインをチェックする

Design

最近の設計実例から

神奈川県 Iさま邸

温泉地の渓流沿いに土地を入手されたIさまご夫婦。目の前の森を眺め、せせらぎに耳を傾けながら源泉掛け流しの温泉を楽しむ別荘を計画されました。敷地のどこにお風呂を設けるか、それがプランの成否を決する最大のポイントでした。

最も大切にすべき軸を定める

私はまず、敷地のどこによく光が差し、風がどのように吹き、どこが一番居心地がよいか、つまり、どうすればここに建てる家がよりよくなるかということを考えます。そしてお客さまのご要望を伺い、優先順位を考え、プランニングで最も大切にすべき軸を定めます。敷地と向き合い、自分なりの構想を持つ――それが私の設計スタイルです。

works1-1

建築予定地を訪ね、お風呂をどこに、どの向きで設けるか、それをひたすら考えました。それがこの別荘計画の最も重要なポイントです。当時の敷地は、うっそうとした森で、高低差もありました。「ここに、この向きで」という答えを出したとき、すでに3時間以上が経過していました。

works1-2

森の景色を独占し、せせらぎや滝の水音に耳を傾けながら楽しんでいただく温泉は、この住まいの最も重要な空間です。思いきって住まいの中央に配置し、リビングからも大きなガラス越しにお風呂の存在が目に入るようにしました。温泉に入るだけでなく、その存在自体を楽しむことがこの別荘の目的です。

works1-3

玄関に一歩足を踏み入れると、真正面にお風呂があり、視線はさらにその先の森へと誘われます。訪問した誰もが、この別荘の最大の魅力であるお風呂にまず対面する設計です。ホールの床は、お風呂と同じ十和田石。天井のスギも浴室内へと続きます。

内観-外観-構造を一致させる

間取りや仕上げなどの内観デザインと外観デザイン、そして構造計画は、常に一体のものだと思っています。内観と切り離された外観はあり得ませんし、外観デザインだけを独立して扱えば、建物はちぐはぐはなものになってしまいます。内外観のデザインも構造計画も、ひとつの理由に導かれて、同時に決まるものだと思います。

works2-1

敷地内を渓流に向かって少し下ったところにお風呂の位置を決め、それを中心に間取りを考えていきました。道路側はあえて開口部を抑え、木製格子の玄関扉を開いた瞬間にお風呂とその先の雄大な森の景色が目に飛び込んでくるようにしています。屋根はいぶし瓦の一文字葺き。緑豊かな風景に溶け込む落ち着いた佇まいです。

works2-2

お風呂やリビング・ダイニングの外には、渓流を間近に楽しんでいただくためにウッドデッキを設けました。通常ウッドデッキは室内の床の高さにそろえますが、ここではあえて下げています。リビングのソファやお風呂から森や渓流を眺めたときに、視線を遮らないようにするためです。

works2-3

お風呂の前面は、コーナー部を含めて天井までのサッシとし、すべて開け放てるようにしています。開ければ窓の存在は消えて外の世界がさらに間近になり、せせらぎも聞こえ、まるで露天風呂を楽しんでいるような気分が味わえます。

works2-4

お風呂の手前に用意した洗面室は、周囲の豊かな自然に釣り合うように天然素材だけを使いました。カウンターはご主人と一緒に探したトチ、壁には細竹を使っています。十和田石と天井のスギがお風呂へと続きます。

窓のデザインをチェックする

設計趣旨を実現するための内外観のデザインと構造の計画は、ひとつの作業として同時に進めます。これらが整合性をもって、しっかりとできあがれば、それは窓の位置や開き方などとして表れます。逆に言えば、窓がうまくデザインされているかどうかを振り返ることが、設計のチェックポイントになります。

works3-1

森と渓流を眺める側には、できる限り大きな窓を設けました。その役割は場所によって異なります。お風呂はスライドさせればすべて目の前から消える窓、リビングは室内からの眺めを楽しむ固定式の大きなガラス窓、ダイニングは眺めを楽しむと同時に一部を開けて出入りする窓です。

works3-2

ダイニングのコーナー窓は開閉が可能で、デッキに出られます。そのためお風呂やリビングのデッキのように高さを下げず、室内の床とフラットにしています。

Photo gallery

  • case1
  • case2
  • case3
  • case4
  • case5
  • case6
  • case7
香月 章宏 設計士

設計を終えて 初めて現地をお訪ねしたとき、とても驚きました。山の懐深く、渓流を眺めながら源泉を掛け流しで楽しむことができるというすばらしい土地。人工物は何一つ目に入りません。今回の設計は「お風呂の位置がすべてだ」と思いました。この別荘では、お風呂もリビングの一部です。思いきって軸を定め、その実現を何よりも優先するということをIさまと共有したとき、設計の8割は終わっていたと言えるかもしれません。Iさまの別荘の設計は「軸を定め、徹底する。それが“力のあるプラン”をつくる」ということを再認識でき、私の建築士人生の大きなターニングポイントになりました。この壮大な別荘計画を、若輩者の私にお任せくださったIさまに心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

香月 章宏 設計士 Akihiro Katsuki

Designers Fileトップへ戻る
pagetop