温泉地の渓流沿いに土地を入手されたIさまご夫婦。目の前の森を眺め、せせらぎに耳を傾けながら源泉掛け流しの温泉を楽しむ別荘を計画されました。敷地のどこにお風呂を設けるか、それがプランの成否を決する最大のポイントでした。
私はまず、敷地のどこによく光が差し、風がどのように吹き、どこが一番居心地がよいか、つまり、どうすればここに建てる家がよりよくなるかということを考えます。そしてお客さまのご要望を伺い、優先順位を考え、プランニングで最も大切にすべき軸を定めます。敷地と向き合い、自分なりの構想を持つ――それが私の設計スタイルです。
建築予定地を訪ね、お風呂をどこに、どの向きで設けるか、それをひたすら考えました。それがこの別荘計画の最も重要なポイントです。当時の敷地は、うっそうとした森で、高低差もありました。「ここに、この向きで」という答えを出したとき、すでに3時間以上が経過していました。
森の景色を独占し、せせらぎや滝の水音に耳を傾けながら楽しんでいただく温泉は、この住まいの最も重要な空間です。思いきって住まいの中央に配置し、リビングからも大きなガラス越しにお風呂の存在が目に入るようにしました。温泉に入るだけでなく、その存在自体を楽しむことがこの別荘の目的です。
玄関に一歩足を踏み入れると、真正面にお風呂があり、視線はさらにその先の森へと誘われます。訪問した誰もが、この別荘の最大の魅力であるお風呂にまず対面する設計です。ホールの床は、お風呂と同じ十和田石。天井のスギも浴室内へと続きます。
間取りや仕上げなどの内観デザインと外観デザイン、そして構造計画は、常に一体のものだと思っています。内観と切り離された外観はあり得ませんし、外観デザインだけを独立して扱えば、建物はちぐはぐはなものになってしまいます。内外観のデザインも構造計画も、ひとつの理由に導かれて、同時に決まるものだと思います。
敷地内を渓流に向かって少し下ったところにお風呂の位置を決め、それを中心に間取りを考えていきました。道路側はあえて開口部を抑え、木製格子の玄関扉を開いた瞬間にお風呂とその先の雄大な森の景色が目に飛び込んでくるようにしています。屋根はいぶし瓦の一文字葺き。緑豊かな風景に溶け込む落ち着いた佇まいです。
お風呂やリビング・ダイニングの外には、渓流を間近に楽しんでいただくためにウッドデッキを設けました。通常ウッドデッキは室内の床の高さにそろえますが、ここではあえて下げています。リビングのソファやお風呂から森や渓流を眺めたときに、視線を遮らないようにするためです。
お風呂の前面は、コーナー部を含めて天井までのサッシとし、すべて開け放てるようにしています。開ければ窓の存在は消えて外の世界がさらに間近になり、せせらぎも聞こえ、まるで露天風呂を楽しんでいるような気分が味わえます。
お風呂の手前に用意した洗面室は、周囲の豊かな自然に釣り合うように天然素材だけを使いました。カウンターはご主人と一緒に探したトチ、壁には細竹を使っています。十和田石と天井のスギがお風呂へと続きます。
設計趣旨を実現するための内外観のデザインと構造の計画は、ひとつの作業として同時に進めます。これらが整合性をもって、しっかりとできあがれば、それは窓の位置や開き方などとして表れます。逆に言えば、窓がうまくデザインされているかどうかを振り返ることが、設計のチェックポイントになります。
森と渓流を眺める側には、できる限り大きな窓を設けました。その役割は場所によって異なります。お風呂はスライドさせればすべて目の前から消える窓、リビングは室内からの眺めを楽しむ固定式の大きなガラス窓、ダイニングは眺めを楽しむと同時に一部を開けて出入りする窓です。
ダイニングのコーナー窓は開閉が可能で、デッキに出られます。そのためお風呂やリビングのデッキのように高さを下げず、室内の床とフラットにしています。
リビングはシンプルにまとめました。天井のダウンライトの数も制限し、無垢のスギの表情が楽しめます。壁は藁スサ入りの塗り壁。光を受けて豊かな表情を見せます。床は力強い木目が特徴のナラです。
お風呂はガラスの壁で玄関ホールやリビングに続きます。いずれもブラインドを設けており、必要に応じて視線を遮ることができます。
キッチンは面材に木を使ってフルオーダーしました。ワインセラーも組み込んでいます。
リビングには和室が続きます。森や渓流から少し離れて、落ち着いた時間を過ごすことができます。
浴槽の内外には、水に濡れたときの表情が美しい十和田石を使いました。縁に使ったのは黒御影石です。浴槽の深さはお好みに合わせて1cm単位で検討しました。
お風呂を使っていないときもその存在を照明で浮き上がらせ、リビングからの眺めを楽しみます。「入っても、眺めても」魅力のあるお風呂です。
ウッドデッキや森の木々、滝などをライトアップして、陽が落ちてからもこの敷地ならではの豊かな自然が楽しめます。