樹齢350年以上と推定される「紅和魂梅(べにわこんばい)」が接ぎ木によって増殖された可能性が判明
「紅和魂梅(べにわこんばい)」は菅原道真公が大宰府(現、太宰府天満宮)へ赴任した際、道真公を慕って一晩のうちに大宰府に飛来したという“飛梅伝説”伝承の木と言われています。
近年、ウメやモモなどのバラ科植物に広く感染する“ウメ輪紋ウイルス“が世界各地に広がっており、北野天満宮は不測の事態を想定し、歴史的に貴重な紅和魂梅を後世に引き継ぐべく、様々な樹木の組織培養・苗生産技術の成功実績を持つ住友林業へ技術協力依頼がありました。住友林業はこれまでに成功したサクラなどの培養実績や文献を参考に組織培養による紅和魂梅の増殖に取り組み、5年の歳月を経て2015年、成功に至りました。その後、培養苗を育成し、苗は順調に生育し160cmほどの高さまで成長したことから、北野天満宮へ里帰りすることとなりました。
住友林業が、御神木「紅和魂梅」の保護・保存の取り組みを進める過程で、DNA技術で分析したところ、地上部(葉)と地下部(根)はそれぞれ異なる遺伝子型を持っていることが判明しました。このことから「紅和魂梅」は接ぎ木で増殖されたと推測されます。このような報告はこれまでないことから、今後、古木や名木などを本手法で調べることにより、栄養繁殖により受け継がれてきたか否かを判別できる可能性が示唆されました。
「紅和魂梅」の樹齢は350年と推定されていることから、350年前には現在の御神木の先代の御神木から接ぎ木により増殖が行われていたこととなります。今回の結果により、北野天満宮では貴重な御神木の形質が変わらないよう、接ぎ木により御神木を受け継いできたと考えられます。
植物の増殖技術に関する歴史研究者の報告によると、接ぎ木に関する最も古い記述は、平安時代に編纂された『月詣和歌集(ツキモウデワカシュウ,平安後期)』にある八重桜の接ぎ木です。梅については平安時代後期~鎌倉時代の書物に接ぎ木や挿し木といったクローン増殖の記述があります。今回の研究ではDNA分析と推定樹齢から、江戸時代までの接ぎ木の歴史を解明することができましたが、今後、さらに樹齢の高い樹木のDNAを調べることにより、接ぎ木の歴史を遡ることが可能と考えられます。
DNA分析法の概要
- 葉および根からDNAを抽出する。
- マイクロサテライト*1を含む領域をPCR法*2により増幅する。
- 増幅したDNAをDNAシーケンサにより分析する。
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*1ゲノム上に存在する反復配列(例:ATATATAT)。多型性が⾼く、ヒトの個体識別等に利⽤される。
*2ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)。2時間程度で⽬的のDNAを100万倍以上に増幅することが出来る⼿法。
根の組織の採取
※横軸はDNAの⻑さを表し、右に⾏くほどDNAが⻑い。マイクロサテライトの反復回数の違いにより、DNAの⻑さが異なる。葉と根でDNAの⻑さ(⾚⽮印のピーク)に違いが⾒られる。
住友林業は、植林苗や歴史的に貴重な名⽊を増殖する技術として、接ぎ⽊や組織培養などのクローン増殖技術を開発しています。2000年に世界初の組織培養でのシダレザクラのクローン増殖を京都・醍醐寺の「太閤しだれ桜」の後継樹育成で成功して以来、⽂化的、科学的に価値が⾮常に⾼いと⾔われている名⽊の後継樹を育成し続け、全国の老木や文化継承に大きく寄与しています。